藤枝西方地区にある大沢地区で、解体除去される寸前の昭和初期の家を譲り受けました。
急傾斜崖地指定に伴う強制移転でやむなく解体されるとのことでしたが、ただただ、もったいないの一心で声かけさせていただきました。そこから移築へと進んでいきました。移築先は同じ大沢地区内に工房用地として確保していた場所、1km位川下の大沢川のほとりです。
正直古民家移築は初めての経験でした。日本の民家は大工の技術によって金物無しで組み合わされ、地震や風雨に耐える粘り強さを保持しています。かつては解体移築は珍しいことではなく、里から里へ、山の上から川のほとりへなどとよく行われたといいます。
「解体し再び組み合わせていく」この作業は先人の技術に手で触れ、伝統的工法を学ぶ機会になります。みんな気持ちは自然と高ぶりました。どのようにして上手く木組みの知恵の輪を外していくか。経験ある大工の力を借りて恐る恐るかつ丁寧に解体が始まりました。
みかんの里、大沢には人と自然が営む風景があります。
いくつもの小さな滝が季節ごとに美しさを伝える大沢峡。里に流れる水を集めて落ちる滝には大沢物語がいくつも潜んでいるようです。
解体直前まで青野さんご家族は家にとどまり、家とのお別れを惜しんでいました。「この家は場所を変えて再び長く里にとどまるのですね」ほっとされた様子。ご家族と家の歴史を伺う時間は、この家を残す喜びを共有する時間でした。
横に流れる仙沢川は生活を支えてきました。
裏庭の大きなクリの木の落ち葉が屋根裏に溜まっています。自然と共生する暮らしのあかしを目の前にするようでした。
屋根、壁と古民家の解体は土の解体というほど多くの土が表れてきます。全て大地に帰る素材でできている。改めて気づかされます。
解体前にすべての材に番付が行われます。解体手順を示し、解体後の材の管理、そして再び建て方する際には組み立ての番付になります。この番付作業の精度とわかりやすさがその後を左右していきます。従前の番付を見ると気持ちが繋がる気がします。
組み立てと逆の手順で解体が進んでいきます。
石場を建てて建てられていた家を、移築再生します。
動いて外力を受け流す、ここを基本としました。移築先は岩山を切り開いて平らにした場所です。コンクリートの独立基礎を土間コンクリートでつなぐ方法を選択しました。
解体と同時に始まった基礎工事。柱の具合に合わせて基礎を微調整する、基礎工事のタイミングが構造の安定化に有効であることを学びました。傷んだところを補修しながら建てていきます。
解体した逆手順で組み立てていきます。本当に素晴らしい技術です。
金物を使うことなく建物が締まっていきます。
手順よく組み上げられて、棟を納めて一息つきました。
棟上げのお祝いにたくさんの里の人が集まってくれました。神事を催行し、改めてこの地に移築させていただいたことに感謝し、この先の幸せを祈念しました。
餅まきには小雨の中、子どもたちも集まってくれました。皆さんからの暖かいお祝いの言葉にこの移築再生の意味が込められます。
屋根瓦はひっかけ桟瓦に葺き替えました。解体現場から古瓦をいただきました。
様々な方の協力で移築は仕上げ工事へと進んでいきます。
内部の造作工事に大工さんたちが力を振るいました。
足固めがなかった床組みを補強し、鴨居、敷居を復旧し壁下地を組んでいきます。
外しておいた広縁のケヤキの板は磨かれ、元いた位置に戻っていきます。囲炉裏にも灰が入りました。
竹こまい、既存の野地板を割って木摺りに再利用。そこに土が塗られていきます。漆喰仕上げ、中塗り土のままでおくところを、手間をかけ過ぎずに既存の家に近づけました。
建具の多くは従前の家の物ですが、リフォームや解体によって不要とされ、分けていただいた建具も仲間入りしていきました。
苦労したのは雨戸、雨戸敷居や鴨居の変形、古網戸の収集。何とか修理し雨風をしのげるようになりました。
トイレ、かまど、風呂は母屋の東側に別棟として建てました。
余った材を駆使して大工さんが刻んでいきます。傷みやすい水回りは管理の為にも別棟で建てることを基本にしました。
耐火煉瓦づくりのかまどは別の古民家からの頂きもの。搬送途中で少し傷みが増しましたが、かまどは性能も問題なく、本当に大活躍しています。
トイレは雨水利用の水洗トイレです。便座は大工さんの手づくり柿渋仕上げですが、座り心地はどうでしょう。
現役で使用されていた薪風呂も収まって暮らしの備えができました。
完成披露には里の人、工事関係者みんなが集まりお膳を並べました。里の話、移築の話、これからのこと思い思いの話題にいつまでもお膳が片付きませんでした。
春夏秋冬、移築されてもなお同じ集落のなか。
今までと変わらずそれぞれの季節にこの家を訪ね来る人を暖かく迎えてくれます。
近くの山の木を切り出した材とし、その曲がりくねった木材を組み合わせて家の形をつくっていきます。
曲がりも一つとて同じ木はないのに、外観は同じ集落に建つ他の家と変わらない。材の選択、組み方に大工の技量とこだわりが表れます。
解体し再度組み立てる、この作業はその家を建てた職人さんと棟主の心意気に近づく機会だったのです。解体移築再生し半年、お年忌の際に青野さんのご親戚皆さんで寄ってくださいました。「残って良かったね」涙し喜んでいただく光景に、家を残し繋ぐ意味を感じました。
そして技術的側面ばかりに夢中になり完成を目指していたことに反省し、移築再生では住まいの歴史やご家族の存在にこそ心を配る必要があると思いました。
かまどは食を支える大事な場所。燃料確保の為、雑木林があり、水を確保するために沢がありました。青野さんっちでの体験は、かまどと食を中心に広がっていきます。
毎年、6月はじめに里の方々の手づくりほたる祭りが行われます。ホタルの小さな光が、この小さな里山を訪れた人の心をいつまでも癒しているようです。